JANAMEFメルマガ(No.30)

Oncogeriatricsの可能性について

堀内 康平
Mount Sinai Beth Israel
Internal Medicine
Resident


1. はじめに
私は2022年7月より日米医学医療交流財団からの助成のもと、米国ニューヨーク州にあるMount Sinai Beth Israelで内科レジデントとして勤務しております。渡米後1年が経とうとしており、当初悪夢であった日常業務も徐々に慣れ、妻子の生活や学校も次第に安定してきました。もともと日本では呼吸器専門医として肺癌を中心とした診療に従事していた背景があります。その中で高齢者腫瘍診療において欠落している支持的な部分に課題を感じ、米国で老年医学や緩和医療のトレーニングを積みたいと考えるようになりました。今回は私が最近注目しているoncogeriatricsというアプローチについて投稿したいと思います。

2. Oncogeriatricsとは
先進国の高齢化に伴い、腫瘍人口はますます高齢化してきております(1)。高齢腫瘍患者は様々な点において非高齢集団と異なる特性を持っています。フレイルや認知症を含む老年症候群、多疾患併存状態、薬物動態などの生理学的な変化、臨床試験に代表されない集団であることによるエビデンス不足、個別化される治療のゴール、などが代表的にはあげられます。機能的な低下に伴い手術治療や化学療法の忍容性の低下が起こることは知られており、多職種介入による老年医学的なサポートやGoals of care managementが必要となります。しかしながら、ひとくちに高齢者といっても同年齢でも機能の保たれている方から機能低下が著しい方まで多様です。癌治療の各過程でサポートが必要な高齢者を適切に拾い上げ、個々の状況に応じた老年医学的な介入を実施することで生存・合併症・QOLなどの腫瘍関連アウトカムを向上させ、患者中心の医療を提供することが本領域の役割です。少しずつではありますがInternational Society of Geriatric Oncology(SIOG)を中心にエビデンスが構築され教育プログラムが展開されております。

3. MSKCCの診療モデル
メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(MSKCC)はマンハッタンを拠点とするNational Cancer Institute (NCI)-Designated Cancer Centerのひとつです。1990年代にNational Cancer Institute/National Institute of Aging/American Society of Clinical Oncologyが高齢者腫瘍診療に取り組むプログラムを画策した際にMSKCCは大きく関わり、2009年にがんセンター内に老年医学科を設立しました。今日に至るまでoncogeriatricsのプログラムを発展させ、その先進的な取り組みを発信してきました(2)。チームは数名の老年医学専従の医師を中心とした多職種で構成され、構造的には外来/入院での老年医学的な支援、腫瘍内科/外科系診療科との連携、がんセンター/地域医療の連携、といったtransitional careを早期から進行期を含むがん診療の全過程で横断的にサポートしています。具体的には高齢癌患者のコンサルト、プライマリケア、術前機能評価、術後入院中の外科系診療科とのco-managementなどの診療場面があります。さらには高齢者機能評価による化学療法レジメンの決定支援、老年症候群の評価及び介入、せん妄や転倒予防、疼痛などの症状へのアプローチ、care giverへの支援、緩和医療への移行支援も含まれます。がんセンター内に老年医学科を設置する施設のメリットや収益性はバックエンドにあり一見わかりにくいものの、手術や化学療法などがん治療各過程における合併症の低減、腫瘍内科や外科系医師の負担軽減、老年症候群の早期介入による入院期間の短縮や再入院及びリハビリ転院の低減、施設内における高齢者診療やケアのリーダーシップ的役割、研究や教育的役割が評価されています。

4. インフラと人材育成
高齢者腫瘍診療において老年医学科が担いうる役割について述べ、MSKCCの診療モデルについて触れさせていただきました。未だ発展途上の本領域を恒久的に継続可能なインフラにするためにどのような人材育成や確保が現実的でしょうか。米国にはgeriatric oncology fellowshipが存在します(3)。腫瘍内科と老年医学双方のフェローシップを修了し両専門医を取得した医師が高齢者腫瘍診療の発展に貢献するという人材育成モデルです。しかしながらMSKCCはそのようなモデルでインフラの構築は困難と指摘します(2)。老年内科医が全米で不足している、両専門医を取得した医師が希少である、仮に両専門医を取得した医師を数名単施設で雇用できたとしても単施設において数千人の老年医学的なケアを必要とする患者を多癌種に渡ってカバーできない、などがあげられます。そのような点からMSKCCは純粋な老年内科チームが腫瘍診療とコラボレーションするモデルが現実的と指摘します。また、little “g” = little geriatricianというモデルがあります(4)。これは老年内科医ではない各科医師が老年医学の入り口の知識を習得し、最低限の老年医学科との連携で各科において高齢者診療の成立を目指すモデルです。日本のように老年医学科がインフラとして普及していない場所では、腫瘍診療に従事する各科医師がlittle “g”になるインフラ/人材育成モデルが現実的なのかもしれません。

5. 課題
老年医学科が腫瘍診療に地位を確立するには複数の課題があります。ひとつはエビデンスの不足です。腫瘍診療に老年医学科が関わることで合併症の低減やQOLの向上が起こりうることは示されているものの、生存期間の延長といったハードエンドポイントについては指摘しきれていません。緩和ケア領域においては早期緩和ケアの介入が生存の延長に寄与することが指摘されているのに対し、研究がまだ追い付いていない領域と言えます(5)。また、本領域が広まるためには施設の収益モデルや医療経済的なメリットにつながることがより明確に示される必要があります。腫瘍領域にキャリアビジョンを持つ老年医学科医師を確保する困難もありえます。

6. 内科レジデンシーで何を得たいか
私は老年医学×緩和医療×腫瘍の複合領域に関心があり、同領域の向上に貢献できればと考えております。複合領域というと聞こえはいいですが、軸足やアプローチ方法を具体的に定めなければ迷子になってしまいます。マウントサイナイ医科大学は全米でも有数の老年医学及び緩和医療のプログラムがあります。レジデンシーを通して米国で通用する内科医となる土台を気づくとともに、メンターとの出会いを通して自分の納得できる取り組み方を築いていきたいと思います。

 

参考文献:
(1)Sophie P, et al. Global cancer incidence in older adults, 2012 and 2035: A population-based study. Int J Cancer 2019;114(1):49-58
(2)Beatriz K, et al. Development of a Geriatric Service in a Cancer Center: Lessons Learned. J Oncol Pract 2017;13(2):107-112
(3)https://www.bumc.bu.edu/geriatrics/education/fellowship/4-year-geriatric-oncology/
(4)Mary T, et al. Mainstream or Extinction: Can Defining Who We Are Save Geriatrics? J Am Geriatr Soc 2016;64(7):1400-1404
(5)Jennifer T, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 2010;363(8);733-742.

 


執筆:堀内 康平
Mount Sinai Beth Israel
Internal Medicine
Resident